風にたなびく生地の、やさしく、奥ゆかしい色合い。決してプリントでは表現できない、手仕事ならではのぬくもりを感じる染め物に、水玉やボーダーなどのシンプルな柄たちがさり気なく配され、凛とした潔さを感じる。
愛知県碧南市の自宅の一角にアトリエを構える染め物作家、泉奈穂さん。地元である愛知県の伝統工芸として名高い有松・鳴海絞りの技法を用い、独自のスタイルでデザイン性に富んだ染め物を作る。
有松・鳴海絞りは江戸時代初期、絞りの開祖と言われる竹田庄九郎らによって、現在の名古屋市緑区で生まれた工芸。染める前段階として防染のために糸で縫ったり巻いたりする絞り(くくり)の工程を経て、染色した後にくくりの糸を抜くと、防染した部分が白い模様として生き生きと浮かび上がる。一針一針、一巻き一巻きに作り手の心が込められ、一枚の生地に命が吹き込まれていくのだ。繊細な絞りの模様を生むくくりの技法は、かつて100種類以上にものぼったと伝わるほど多彩で、模様の組み合わせの妙も一興だ。
「幼い頃からお絵描きが大好きで、いつも落書きばかりしていました」と語る泉さんにとって、染色に用いる真っ白い木綿の生地は、自分自身を思う存分表現できる恰好のキャンパスなのかもしれない。
風にたなびく生地の、やさしく、奥ゆかしい色合い。決してプリントでは表現できない、手仕事ならではのぬくもりを感じる染め物に、水玉やボーダーなどのシンプルな柄たちがさり気なく配され、凛とした潔さを感じる。
泉さんと染色の出会いは、美術大学受験のために通っていた絵画教室だった。たまたま開催されたワークショップではじめて藍染めに挑戦し、その面白さに惹かれたものの、その後進んだ美術大学では、グラフィックデザインや工業デザインなどを学ぶことに。しかし大学卒業後の進路を決める時期になり、「物に直接触れる仕事、素材と向き合う仕事の方が向いている」という大学の先生の助言をきっかけに、染色の道を志すことになった泉さん。
「今思えば、グラフィックデザインの道に進んでいたら、時代や仕事のスピード感についていけず、周囲とのコミュニケーションに苦労して挫折していたかも。自分の思い通りにならないと納得できない性格ですし、一人で没頭する今の仕事の方が向いていると思う。マイペースでないと、続かないんです」とほほ笑む表情は、穏やかでありながらも、芯の強さをにじませていた。
泉さんが作るのは、有松・鳴海絞りに代表されるような伝統的な絞りの技法を用いた染め物。しかし柄自体は、誰もが幼い頃に落書きしたことのある、水玉や縞々など、親しみ深い模様の組み合わせばかりだ。「あくまでも無地をイメージしながら、一部分にさり気なく柄がデザインされているというタイプが多いです。伝統的な柄やベーシックな模様をベースにしながらも、染めるボリュームや配置を変えることで、ぐっとモダンになる。同世代の人たちや、もっと若い人たちにも、垣根なく伝統工芸に触れてほしいから」。
泉さんが手掛ける染め物は、くるみやコーヒー、紅茶、タマネギなど、耳馴染みのある天然素材を用いた染め物と、キッチンなどで使うことを想定し、洗濯機でざぶざぶ洗えるようにと染料でしっかり染めた物の2パターン。中でも天然素材については、愛着がより深くなるようにと、暮らしの中に、ごく普通に息づいている物、直接触れることができる物など、身近な材料を使っている。
また、生地には、地元の愛知県で古くから受け継がれている知多木綿を使用。手にした人に伝えやすく、この地で染め物作家として活動する意義が鮮明になるということが、大きな理由の一つだとか。
「自分のペースで、自分の思い描く物を、作り続けて行きたい。そしていつか、samioとしてのスタンダードを作りたい」と話す泉さん。今は、天然の藍を使った藍染めに挑戦中。工房の前で藍を育てながら、その日の朝採ったフレッシュな生葉を用い、透明感のある清々しい浅葱(あさぎ)色に染めた上げた作品を、新シリーズとして予定している。
あくまでも自然体で、好きな物と向き合い続ける泉さんのスタンスからは、伝統工芸に携わっているという気負いは感じられない。だからこそきっと、彼女のみずみずしい感性が、古きと新しきをつなぎ、工芸と暮らしとを結ぶ架け橋になるのだ。
愛知県碧南市で生まれ育つ。
2008年、名古屋芸術大学デザイン学部デザイン学科卒業。
名古屋市緑区の有松にある工場で染色について学んだ後、2012年より、染緒 -samio-の屋号にて活動をスタート。
有松絞りまつりや各地のクラフトフェアなどに出店している他、イベントや名古屋市内のアパレルショップなどで、ワークショップを開催。染色の面白さを伝えている。
https://izumisamio.wixsite.com/samio