地域の織物で縫い上げる、暮らしに寄り添う布雑貨-kocchi【静岡県静岡市】

小さなアトリエでつくられる
温もりある小物たち

高速道路を走行中に静岡県内に入ると、目の前にいきなり富士山の姿が現れる。晴れた日は車窓からの富士山は美しく、ちょっと得をした気分になった。
そんな浮き立つような気持ちのまま清水ICを降り、静岡市葵区の閑静な住宅街へ。ここにある小さなガレージは、ハンドメイドの洋服・布雑貨のブランド、kocchi(コッチ)の奥塩千恵さんのアトリエだ。(2019年1月取材時。現在は静岡市内に移転)

中に入ると、作業用の大きなテーブルやミシンが置かれ、作品づくりのために買い付けられた反物などが所狭しと並んでいた。どの生地も温かく穏やかで、生き生きとした表情も持っている。奥塩さんの雰囲気そのままのやさしくて愛らしいkocchiのアイテムが、この空間で、この生地でつくられているのかと思うとわくわくしてくる。

アトリエにあった生地は、遠州綿つむぎ、遠州コーデュロイ、遠州織物、磐田帆布などで、浜松市を中心とする遠州地域(静岡県西部)で織られたものが多い。「私が織屋を一軒一軒まわって選んだ生地を使い、○△□をモチーフにデザインします。もともと○△□は禅の教えにあるものですが、kocchiでは○は太陽と月、△は森、□は海と考えました。私の中に太陽と月の光は森を伝って深い海に注がれるという自然の恵みのストーリーがあって、それがコンセプトになっています」。

小さなアトリエでつくられる温もりある小物たち

愛らしいデザインに息づく
主婦のぬくもりある視点

「『こっちおいで』から名付けた」というkocchiがスタートしたのは2017年夏。作品の第一号はワンピースで、弥生時代の人々が身に付けていた衣服・貫頭衣(かんとうい)を現代風にアレンジしたものだ。
洋服の他にもエプロン、ストール、ブローチやチョーカー、さんかく袋といったファッション小物、ランチョンマット、鍋つかみ、ミニはたきなどの生活雑貨など、暮らしの衣・食・住に寄り添うアイテムを展開する。
奥塩さんは主婦としての感覚や経験を生かし、使いやすくて家事がもっと楽しくなるようなデザインを考える。例えば鍋つかみは、とんがり帽子のような三角すい型にしたことで小さくても使い勝手がよくなり、何気なくキッチンに置いてもインテリア小物のように見える。さまざまな生地と毛糸でつくったミニはたきは見た目もかわいらしく、掃除が楽しくなるデザイン。使わない時はフックに掛けるだけで絵になる。

どのアイテムも普段の暮らしに馴染むやさしさがあり、手に取ると丁寧な手づくりの温もりが伝わってくる。「かわいくて一目惚れです」と言って購入していく人が多いのも頷ける。

愛らしいデザインに息づく主婦のぬくもりある視点

さまざまな生地の組み合わせが生む
唯一無二の世界

奥塩さんの作品づくりは、生地の組み合わせを考えるところから始まる。
もともと遠州地域はクオリティの高い木綿の産地で、織屋も多い。遠州綿つむぎとひと口に言っても、縞つむぎ、無地つむぎ、かすりつむぎなど種類もさまざま。コーデュロイや帆布にしても、織屋ごとに個性がある。その中から生地を選び、例えば綿つむぎとコーデュロイのように異なる素材同士を合わせたりしながら、完成した時の表情を思い描きながら組み合わせを決めていく。「色遊びの感覚で、その時のインスピレーションで」決める生地の組み合わせも、kocchi独自の世界を生み出す。

作業用のテーブルでは、奥塩さんがストールをつくるために選んだ生地をカッターで裁ち、布端がほつれないようにロックミシンで処理していた。アイロンをかけ、ミシンでジグザグのステッチを入れていく。グラデーションカラーの糸で入れたステッチは、作品に美しいアクセントを添えている。
次につくり始めたのはチョーカーだ。毛糸を指で編んで鎖編みにし、その編み目に生地を結びつける。ところどころに毛糸も入れながら、動きのあるデザインに仕上げていく。
「大好きな布を余すことなく使い切りたい」という思いから、作業の途中でできた小さな端切れも大事に保管し、ワークショップなどで活用しているという。

さまざまな生地の組み合わせが生む唯一無二の世界

父の思いを継いだ仏具の仕事が
kocchiのきっかけ

「私の根っこにあるのは竹位牌です」と話す奥塩さん。実は、竹を使った竹位牌や仏具のメーカー・小さな野はらの樹の代表でもある。
もともと竹位牌は奥塩さんの父親と叔父が、長年にわたって開発に取り組んでいたもの。いよいよ商品化という時に父親が病に倒れ、帰らぬ人となった。「竹位牌の最初の故人が父でした。父の位牌を見た時に『位牌になって家族のもとに帰ってきた』と。竹位牌の仕事を引き継いだため、ご遺族に竹位牌をお届けする際は大切に包んでお渡ししたいと思うようになりました。

一般的な位牌は漆塗りや唐木でつくられ、遺族のもとには不織布や紙で包んで届けられることが多い。「ずっとご家族と一緒にいられるものを、と考え丁寧に包みこめるように風呂敷を、また、ご位牌によってはお墓参りの際に使えるあずま袋はどうかと考えました」。その生地を探している中で出会ったのが、白い遠州綿つむぎだった。

竹位牌とその保管箱を孟宗竹でつくり、遠州綿つむぎの風呂敷かあずま袋をセットして、「さいごの贈りもの」として世に送り出した。
「6年ほど経った頃、静岡県内でモノづくりをプロデュースする方が『さいごの贈りもの』の風呂敷やあずま袋を見て『自分で布作品をつくってみたら』と勧めてくださって、kocchiを立ち上げました。ちなみに仏具のコンセプトも○△□。風呂敷は□で、あずま袋は△ですし、位牌を安置する厨子をデザインする際も○△□の造形を取り入れました」。

父の思いを継いだ仏具の仕事がkocchiのきっかけ

地域とのつながり、
人とのつながりを大切に

学生時代から手縫いで布小物をつくったり、息子さんの通園・通学グッズを縫ったり、奥塩さんの暮らしにはずっとハンドメイドがあった。「kocchiを始めたことで、自分がつくったものがたくさんの人に喜んでいただけて、本当に嬉しくて。独学でも、自分がモノづくりときちんと向き合うことで、人に喜ばれるもの、認めてもらえるものをつくれるんだと思うようになりました」。
オリジナリティあるモノづくりを行う静岡の人たちとの出会いも増え、遠州地域の織屋との交流も広がってきたという。2019年秋から力を注ぎはじめたのが愛知県の尾州織、三河織や兵庫県の播州織といった各地域の織物と遠州織物を組み合わせる作品づくりだ。

奥塩さんには2つの目標がある。「ひとつは、キャンピングカーにミシンを積んで地域をまわり、その土地でつくられた生地で生活雑貨をつくって地元の人に使ってもらうことです」。その言葉を聞き、はっとした。地元の良さを、そこに住む人は意外と知らなかったりするからだ。奥塩さんの夢がかなうことで、地元の魅力の再認識にもつながるだろう。
もうひとつは「貫頭衣をアレンジした洋服で、祖父母・親・子どものお揃いをつくること。親子のお揃いはよくありますが、祖父母も入れた3世代のお揃いはないと思って。3世代をつなぐ服をつくりたいんです」。
その言葉からは、地域の織物への深い敬愛の心や、人と人、人と地域のつながりを大切にする想いが感じられた。kocchiの布雑貨の温もりは、奥塩さんの気持ちの温かさでもあるだろう。

地域とのつながり、人とのつながりを大切に

プロフィール

kocchi
小さな野はらの樹の代表・奥塩千恵さんが2018年に立ち上げた服飾&雑貨のブランド。静岡県の遠州地域でつくられる伝統的な織物を使い、デザインし、縫い上げる。
ミニはたきなどを手づくりするワークショップも行い、遠州産の生地の魅力、手づくりの楽しさを伝えている。

kocchi 奥塩 千恵さん

竹樹 bamboo tree
https://bambootree.stores.jp

kocchi
https://www.kocchi.work